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VOL.6-05  2004年05月

世界の七不思議

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 古来、ピュタゴラス学派の数秘術では一般に、「三」は完全な精神を表し(たとえばキリスト教の三位一体はこれに由来します)、「四」はあらゆる物質を表した(いわゆる火地風水の四元素ですね)ので、この三と四すなわち精神と物質を足し合わせた「七」という数は「神秘数」とも呼ばれ、つねに特別な意味が与えられてきました。たとえば聖書の中に七という数がやたらと出てくるのは、ご存じの通りですね。一週間が七日なのも、もちろんこれがルーツです。
 ところで、地理的な事象に関する「七」といえば、世界の七不思議がまず思い浮かぶのではないでしょうか。じつは世界の七不思議にはいろいろな説があるのですが、その中で最も有名なのは、紀元前2世紀にビザンチウム(現在のイスタンブール)のフィロンが選んだとされているものです。今回は、このフィロンの七不思議の現在の姿を紹介したいと思います。
 まず、現在はギリシャの領土にある二つの七不思議の跡から見ていきましょう。一つめは、ペロポンネソス半島西部の古代都市オリンピアにあったゼウス像です。オリンピアは、あのオリンピックの語源となった場所としても有名ですね。紀元前457年、この都市の守護神を祀ったゼウス神殿に、高さ12メートルという巨大な黄金のゼウス像が、名工フィディアスの手で造られました。宝石や象牙をはめ込み、全身を黄金で飾られたすばらしい像であったことが記録に残っています。しかし、5世紀に異教徒の手で破壊され、19世紀になって発掘されるまで地層の中に埋もれていました。写真1が、古代遺跡として公開されている(世界遺産です)オリンピア遺跡の中にあるゼウス神殿の跡です。この写真の中央付近に、かつてゼウス像の勇姿があったはずです。

<写真1> オリンピアのゼウス神殿跡 <写真2> ロードス港の突堤

 二つめは地中海に浮かぶロードス島にあったヘリオスの巨像です。ロードス港を見下ろすように建設された、高さ48メートルの、当時としては驚異的な大建築物でした。しかし、紀元前3世紀に地震によって倒れ、7世紀頃アラブ人の手によって撤去されました。今となっては、像の建っていた位置すら正確にはわかりません。写真2は現在のロードス港の入り口に立っている青銅の鹿の像です。伝説によれば、この港をまたぐような姿で立っていたということです。
 三つ目と四つめは現在のトルコの領土にありました。まずは、ハリカルナッソスにあったマウソロス王の霊廟から。マウソロス王は紀元前4世紀に小アジアを支配していたカリア王国の王で、その死後、王の妻がギリシャから多くの著名な建築家や彫刻家を呼び、世界で最も壮麗な墓として造らせたのが、この霊廟です。高さ42メートルの総大理石づくりで、数々の彫刻や黄金で飾られていたことが記録に残っています。しかし、15世紀はじめ十字軍の手によって破壊され、その石を使って城塞が建設されました。写真3は、現在ボドルムと呼ばれているこの港町の城塞です。
 トルコにあるもう一つは、エフェソスのアルテミス神殿です。エフェソスは紀元前に地中海における商業の中心として栄えた大貿易港で、その巨万の富を使って建設されたのが、あのアテネのパルテノン神殿の8倍の規模の大神殿、すなわちアルテミス神殿でした。しかし、3世紀に侵入してきたゴート人によって破壊され、19世紀に発掘されるまで、地下に埋もれていました。写真4は、いまだに発掘中の神殿跡です。たった1本だけ復元された大円柱が、かえってもの悲しさを感じさせます。

<写真3> ボドルムの城塞跡 <写真4> エフェソスのアルテミス神殿跡

 次の二つは現在のエジプトにあります。五つめは、アレキサンドリアにあったファロス島の大灯台です。紀元前3世紀この地を支配していたプトレマイオス2世の命によって高さ180メートルという巨大な灯台が建設されました。灯台は大理石で造られ、その頂上の明かりは遙か百キロメートル先から見えたとも言われています。その後、9世紀にローマ軍の陰謀によって壊され、14世紀に起こった地震によって完全に崩壊しました。写真5の中央に写っているのが、大灯台の残骸を使って同じ場所に建設されたと言われるカイト・ベイ要塞です。
 六つめは、いわずと知れたエル・ギーザのピラミッドで、紀元前25〜26世紀頃の第4王朝、クフ王・カフラー王・メンカウラ王の巨大な墓です。じつは、フィロンの七不思議のうち現在まで残っているのは、このピラミッドしかありません。七不思議の中で最も昔に建造されたにもかかわらずです。ギーザのピラミッドが、いまだに世界中から多くの観光客を引きつけているのも無理はありません。写真6は、最大のクフ王のピラミッドで、左に見えている穴が現在の入り口(かつての盗掘孔)で、そこにいる人影から、ピラミッドの巨大さがわかると思います。 
 
<写真5>  アレキサンドリアのカイト・ベイ要塞 写真6> エル・ギーザのピラミッド
  さて、最後の七つ目は・・・と紹介したいところですが、残念なことに手許に写真がありません。最後の七不思議は、紀元前7世紀に新バビロニアの王ネブカドネザル2世が造ったとされるバビロンの空中庭園(いわゆるバベルの塔)なのですが、この遺跡は、現在のイラク、バグダッドとナジャフの中間あたりにあり、行く機会を見計らっているうちに今に至ってしまいました。今にして思えば、外務省の渡航自粛を無視してでもフサイン政権下の時代に行っておくべきだったと後悔してもはじまりません。今後最低でも10年は行けそうにありませんし、1999年4月の回にコメントしていたように、行けるうちに行っておかないと何が起こるかわからないというのが、旅の計画の鉄則です。つまり、旅ができるのも「平和」なればこそ、これを忘れてはいけません。

   <写真:1990年〜1999年,内田順文撮影>
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