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VOL.7-06  2005年06月

多摩丘陵東部生田緑地の雑木林

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 関東平野の南東部に広がる多摩丘陵は、数十万年前に当時の相模川の作用によって平坦化された後、小谷による侵食が進んで形成された丘陵地である。多摩丘陵は、日本の他の丘陵地と同じく数十年前までは広く雑木林(二次林、里山)によって覆われていたが、1970年代以降の開発によって雑木林の面積が急速に少なくなっている。

 このような多摩丘陵の東縁部に位置するのが生田緑地(神奈川県川崎市)である。生田緑地では、丘陵地の雑木林が今日でも広く残されているため、小田急線向ヶ丘遊園駅から徒歩約10分という交通至便な位置にありながら、丘陵地の地形と雑木林の植生との関係を容易に観察することができる。

<写真1 丘陵地のスカイライン>

<写真2 丘頂部のコナラ林>

 写真1は、生田緑地の頂部から付近の丘陵地の様子を撮影したものである。平滑に連なるスカイラインの様子から、約30万年前の相模川に由来する砂礫が浅海で堆積することによって平坦化された様子を想像することができる。付近では、「おし沼砂礫層」と呼ばれる海成層とその上に堆積した多摩ローム層からなる地層も、観察することができる。

 このような生田緑地は、多摩丘陵の他の地域と同じく、ドングリをつけるブナ科の高木種であるコナラの多い雑木林(コナラ林)によって広く覆われている。このようなコナラ林は、昭和30年代の燃料革命以前は薪炭林や農用林として広く利用されていた。その多くは、その後は開発により伐採されたり放置されたりして今日に至っている。写真2は、ローム層が厚く堆積した丘頂部で見られるコナラ林の様子である。林床は、アズマネザサという笹によって密に覆われている。

<写真3 上部谷壁斜面のコナラ林> <写真4 谷底低地のハンノキ林>

 このようなコナラ林において次の世代の担い手となり得る樹木を観察するのは、基礎的な知見としても、また緑地管理上の応用的な視点からも、たいへん興味深い。次の世代を担う可能性のある高木性樹種の稚樹や若木は、夏緑広葉樹のコナラやクヌギはほとんど見られず、シラカシやウラジロガシなどの常緑広葉樹が圧倒的に多い。写真3は日当たりの良い上部谷壁斜面上の雑木林の様子で、やや明るいコナラの林冠下にシラカシなどの常緑広葉樹がよく生育している。

 生田緑地の丘陵地の中でも、元来の地形がよく保存された谷底低地では、周囲のコナラ林とは全く異質な植生が成立している。生田緑地を刻む谷の一部では、人工的な水路がないため地下水位の高い本来の谷底低地が残されており、そこでは過湿な環境下でも生育できるハンノキの林を見ることができる(写真4)。小川が流れる林床では、ミヤマシラスゲ、オニスゲ、オオミゾソバといった湿生の草本類が優占している(写真5)。このようなハンノキ林は、今日ではきわめて希少な存在である。

<写真5 ハンノキ林の林床> <写真6 コナラ林の更新試験地>

 生田緑地の一部では、以前は定期的に伐採され更新されていた里山の雑木林を再び更新する試みも行われていて、たいへん興味深い。雑木林の主体をなすコナラやクヌギなどの樹種は、株が若いうちは切り株から多数の枝(萌芽)を出して速やかに再生するが、株が古くなると切り株から再生する力が極端に弱くなることが知られている。生田緑地の試験地でも同様であり、コナラやクヌギの古い切り株からはほとんど再生していない様子を観察することができる。

写真1,3:2002年5月,写真2,4,5,6:2001年5月,磯谷達宏撮影


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