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VOL.8-08  2006年08月

薩摩半島南部の景観-植生景観を中心に-


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 今回は、九州の最南部に近い薩摩半島南部地域の景観を、植生景観を中心に概観してみよう。一般的な薩摩半島南部のイメージをキーワードで表すと、南国、台風の上陸、開聞岳、シラス台地(写真1)、サツマイモ畑(写真1)、焼酎の酒蔵(工場)といったところであろうか。より事情に通じた人なら、さらに知覧茶や山川のカツオ節のほか、枕崎、指宿、池田湖(写真2)、吹上浜などの地名や、付近に多い海底や陸上の火山の存在をあげるかもしれない。最近、短時間ながらこの一帯の景観を概観した結果、上記のようなキーワードはこの地域の景観を理解する上で重要であることが確認できた。全体的には、シラス台地(新しい時代の火砕流台地)の平坦地がきわめて広いため、農業とそれを基盤とする産業(焼酎や茶の製造など)が盛んで、予想以上に多くの人々が生活しているという点が印象的であった。

写真1 シラス台地と台地上のサツマイモ畑の様子(池田湖付近) 写真2 池田湖(約5500-5700年前の噴火記録がある池田カルデラの火口湖)
 いっぽうで、植生地理学的にみると、この地域は日本の照葉樹林の拠点の一つである。なぜならば、これまでの研究によって九州南部のこの一帯では約2万年前の最終氷期最盛期においても照葉樹林が残存していたことがわかっているためである。この時代、関東平野あたりでは、今では照葉樹林が生育しているものの、当時は温帯上部の夏緑広葉樹と常緑針葉樹の混交林が成立していた。後氷期の温暖化に伴って、多くの照葉樹林構成種が九州南部の一帯から北上していったと考えられている。したがって薩南地域は、「日本の照葉樹林の拠点の一つ」ということになる。
 薩南地域の地形・地質は、おもに、「中新世以前の基盤岩山地・丘陵」と「後期更新世の火砕流堆積面」の2者に大別される(町田ほか編 2001)。前者の比較的古い地質の地域では、浸食が進み、日本各地でみられるのと同様な農山村の景観が広がっている(写真3)。冬でも暖かい地域なので、人里近くの雑木林(二次林)では、一年中緑を保つ照葉二次林(常緑広葉二次林)が広く成立している(写真4)。優占種に着目すると、この付近では西南日本の他の地域と同じく、ブナ科のシイノキが優占する二次林(シイ二次林)が優勢である(写真3、4)。ただし、薩南地域といえども、規模の大きな渓谷の谷筋では、カラスザンショウやカエデ類の多い夏緑広葉二次林が生育していた(写真5)。
写真3 中新世以前の基盤岩からなる揖宿山地の喜入付近の山村の景観 写真4 喜入付近の照葉二次林(シイ二次林)
写真5 喜入付近の谷筋に生育する夏緑広葉二次林 写真6 池田カルデラの火口壁に生育するタブノキ林

 これに対して、「後期更新世の火砕流堆積面」に属する池田湖付近においては、全体に自然林や二次林におけるシイノキの優占度が低く、しばしばタブノキをはじめとするクスノキ科の樹種がよく生育していた。写真6は、池田湖の背後にある池田カルデラの火口壁に発達したタブノキ林の様子である。雨天のためよい写真を撮ることができなかったが、池田湖と鰻池の間にある鷲尾岳の自然林においても、シイノキは見られず、タブノキ、ホソバタブ、ヤブニッケイなどのクスノキ科の植物が優勢な照葉樹林が成立していた。以上のような、やや古い基盤岩からなる地域と新しい火砕流堆積域とにおける森林構成種の比較は、まだ調査事例が不十分ではあるが、今後の研究課題の一つといえよう。
 なお、写真7は、知覧町から頴娃町にかけての火砕流台地面を刻む加治佐川の河口付近の様子である。シラス台地が浸食されて生じた大量の土砂が川によって運ばれている様子がわかる。

写真7 加治佐川の河口付近の景観(頴娃町)  写真8「フラワーパークかごしま」の正面にあるアコウの大木(山川町)
 そのほか、薩南地域では、この地域の風土を生かした特徴ある植生景観づくりの取り組みが、一部で見られた。写真8は、開聞岳に近い「フラワーパークかごしま」の入り口付近に植えられたアコウの大木である。クワ科イチジク属のアコウは、この付近の海岸にも自生し得る亜熱帯性の樹木である。
<写真1〜8:2006年6月,磯谷達宏撮影>


 文献  町田 洋ほか編(2001) 日本の地形7 九州・南西諸島.東京大学出版会.


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