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VOL.17-08 2015年08月
「東京23区内の渓谷」
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写真Aは、「23区内唯一の渓谷」と称されることも多い等々力渓谷である。一般に渓谷は河川の上中流部であることが多いが、等々力渓谷は、多摩川の支流谷沢川が武蔵野台地上を流れた後、台地の縁にあたる国分寺崖線を流れ落ちるところに形成されたもので、谷沢川としては下流部にあたる。 写真Bは、谷沢川の中流部、台地上を流れて、渓谷にさしかかる直前の景観である。 |
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写真A | 写真B | |||
さて、台地上に水源を持ち、台地上を流れたのち、段丘崖を流れ落ちる場所で渓谷となる場合は他にもある。写真Cは、石神井川の滝野川渓谷で飛鳥山(写真D)の脇で崖を落流して東京低地に出、隅田川に合流する。付近は現在、音無親水公園(写真E)として整備され、飛鳥山とともに桜の名所となっている(写真F)。 | ||||
写真C | 写真D | |||
写真E | 写真F | |||
写真G・Hはお茶の水である。江戸初期に日本橋方面に流れていた小河川(平川・小石川)がもたらす洪水を直接隅田川へ流すために、家康が神田山(駿河台)を人工的に開削した神田川放水路である。約400年間に侵食が進み、深い谷となって植生も見られる(写真I・J)。 | ||||
写真G | 写真H | |||
写真I | 写真J | |||
お茶の水は人工開削であるが、景観としては2つの例と似ており、自然河川の場合はもう少し広い谷になることが多いため、滝野川も人工開削と言われ、等々力渓谷にも人工開削説もある。 | ||||
(写真Aは2015年1月、Bは2014年11月、C~Fは2015年3月、Gは2005年2月、H~Jは2011年11月、いずれも岡島 建撮影) |