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VOL.20-06  2018年06月

  アメリカ・ナシュビル」
長島 弘道

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 アメリカ・ナッシュビルと聞いてまず思い浮かべるのは、音楽の街、テネシー州の州都ということでしょうか。私が、ナッシュビルを最初に意識したのは安岡章太郎:「アメリカ感情旅行、岩波新書、1975年」でした。初版は1962年。当時のアメリカの社会の状況、暮らしが具体的に書かれており、なるほどと思いつつ読んだことを記憶しています。2017年、アメリカを東から西に横断する計画(34日間)をたてているときに、ニューヨーク(含むフィラデルフィア)の次の目的地をナッシュビルにしました。訪問地決定のひとつの要因として、前掲書があったことは確かです。滞在期間は4泊5日でしたが、ナッシュビルならではと思われる街の賑わいの中に身をおき、周辺地域ではかつてのプランテーションの館を見学するなど多くの知見を得ることができました。以下に、その一端を紹介します。
 9月土曜日の午後、ナッシュビルのダウンタウンに入ると、いきなり「ワーッ」、「ハーイ」という歓声が聞こえてくる。見るとこうした車に乗った若い女性。歩行者も彼女たちの歓声に応えて歓声を上げる。この国の人たちは、盛り上げ方、盛り上がり方が上手である。この乗り物は“Pedal Hopper”とのこと。
 
写真1 Pedal Hopper 

写真2 伝統的な乗り物

   
   

 写真3右上の文字”HONKY TONK”。これはカントリーミュジックを演奏するバーとのこと。
この通りの両側には、そうしたバー&レストランが並び、各店ではライブが行われている。通りに面した部分はガラス張りか、開放されているので店内のライブが外からも見られる。
 屋上にも客の姿が見える(写真4)。

写真3 ナッシュビル中心街:ブロードウエイ(1)  写真4 ナッシュビル中心街:ブロードウエイ(2)
 
 
  1961年、カントリーミュジック協会が設立され、資料の収集、保存、歴史と伝統の継承などを目的として殿堂博物館がミュジック・ロウ地区に建設された。2001年、現在地に新築移転。有名歌手の写真、使用した楽器、舞台衣装等が展示されている。エルヴィス・プレスリーが乗っていたキャデラックもある。2015年の来観者数は110万人とのこと(写真5)。
 歴代のゴールドディスク、プラチナディスクで構成されている壁状の展示。一部は、レコードが聴けるようになっている。これは圧巻(写真6)。
   
写真5 カントリーミュジック殿堂博物館( Country Music hall of Fame and Museum)

写真6 ゴールドディスク・プラチナディスクが飾られている壁

   

 1892年、「ユニオン・ゴスペル・タバナクル」として建てられる。1943年―1974年、カントリーミュジックの生放送“グランド・オール・オプリー”(注)のスタジオとして全米に知られるようになる。1974年生放送のスタジオの移転に伴い、利用頻度も減少、荒廃、建物と取り壊し案の浮上、それに対する保存運動などの歴史を経て1994年に再開今日に至る。「劇場がスターを育て、スターが劇場の価値を高める」という言葉が思い起こされる(写真7)。            (注)毎週土曜日の夜放送されるカントリーミュジックの公開ライブ番組  
 ライマン公会堂の付属施設 “CAFE LULA”。彼女の名前は、” Lacy Carfield”。もう一人の男性と二人組のグループ。ギターを持ってさっと入ってきてマイクとポスターを準備。30分位歌う。男女二人組は他でも見かけた。こうしたグループが何組もあるのであろう(写真8)。

   

写真7 ライマン公会堂

写真8 ライブ:ひとつの光景

   
 中央の先端のとがっている建物:AT&Tビル。1994年完成、高さ188m, 33階建てのオフィスビル。ダウンタウンでは、ナッシュビルで最初といわれる超高層マンション(45階、543戸)が今年完成、また隣接した地区ではマリオットホテル(45階建て533室)が建設中であるなど大規模な再開発が進められている(写真9)。 
 カンバーランド川に近い旧市街、古い建物がマーケットやバーに利用されている。日曜日の午後、観光客の数は少ない。落ち着いた印象を受ける。ブロードウエイとは異なるもうひとつのナッシュビル(写真10)。
   

写真9 ナッシュビル中心部の高層ビル群

写真10.Second Ave.
   

 街を歩いているとすぐに目につくブリジストン アリーナ。1996年開設。所有:ナッシュビル・デヴィッドソン郡スポーツ庁。2010年、ブリジストンタイアが命名権を取得。収容人員:17,000人(写真11)。
 カンバーランド川沿いにあるニッサン スタジアム。多目的スタジアム。1999年竣工、所有はナッシュビル・デヴィッドソン郡メトロポリタン政府。2015年、北米日産が命名権を取得。NFLテネシー・タイタンズの本拠地。収容人員:69,000人(写真12)。

   

写真11.BRIDGESTONE ARENA

写真12.NISSAN STADIUM

   
  ナッシュビル市街地から24km東にあるプランテーション。1804年〜1845年、アメリカ第7代大統領アンドリュー・ジャクソンが所有。当時は、面積400ha、主要な農作物は綿花、家畜の飼養も行われ、奴隷の数はおよそ140人。後継者の移転に伴って1839年に邸宅は公開され、今日に至っている。現在の管理者は、アンドリュー・ジャクソン財団。 写真の建物は1836年に完成(写真13)。
 
ベルミードプランテーションは、1807年に設立された。競走馬サラブレッドの育成が主たる事業。最盛期には2160ha を有し、鹿の飼育場があり、鉄道の駅も設置されていた。1953年に土地(24ha)と建物が、テネシー州歴史協会に譲渡される。現在はナッシュビル歴史協会によって管理・運営されている(写真14)。
   

写真13.プランテーション(1)Hermitage Plantation

写真14.プランテーション(2)Belle Meade Plantation

   
                                                            (2017年9月23日〜27日、名誉教授長島弘道 撮影)
 

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