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VOL.24-10
  2022年10月

  ゴールの旧市街と要塞

内田 順文


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 セイロン島の南端ちかくに位置するゴール(ガル)は、古くよりインド洋を航行する貿易船の重要な拠点として、アラビア人の商人たちによって開かれた港です。大航海時代が始まり、ヨーロッパ人がインド洋を渡ってアジアを目指すようになると、16世紀にはまずポルトガル人がここを支配し、要塞化を進めましたが、1640年にアジアに進出してきたオランダ東インド会社の手に支配権が移ると、オランダ人はさらなる要塞化を進め、三つの稜堡を含む要塞を完成し、その後周囲に11もの稜堡を築きました。しかし18世紀にはいるとインド洋の覇権は次第にイギリスへと移り、1796年ついにゴールの支配権は、戦争を行わずしてオランダからイギリスへと渡ります。そのためオランダ時代の建造物は破壊されることなく、その後この地域の重要な軍事拠点がコロンボへと移ったため、その街並みは往時の姿を残したまま今日へと伝えられることになりました。ゴールはヨーロッパ人がアジアの港湾に建設した典型的な城塞都市のひとつであり、その歴史的な旧市街と要塞地区は、1988年「ゴールの旧市街と要塞」の名でユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されています。
     
写真1:新市街のメイン・ストリート、奥にバスターミナルが見える   写真2:旧市街北側につながるメイン・ゲートと戦争記念碑
     
   
 写真3:ムーン稜堡と時計塔    写真4:スター稜堡よりダルマパーラ・パーク
     
 ゴールの鉄道駅やバスターミナルのある新市街(写真1)は、要塞地区(旧市街)の北に位置しており、ここから要塞内に入るには唯一メイン・ゲートをくぐっていくしかありません(写真2)。要塞の北側に張り出しているスター(星)、ムーン(月)、サン(太陽)の三つの稜堡がオランダ人によって最初に要塞化された稜堡で、その真ん中にあるムーン要塞の上には現在ランドマークとなっている時計塔が建っています(写真3)。要塞の北西端に張り出したスター稜堡からは新市街と海岸線が見渡せます(写真4)。
   
 
 
写真5:旧市街、オランダ教会とアマンガラ・ホテル    写真6:旧市街、チャーチ・ストリート
     
     
写真7:旧市街、ヒストリカル・マンション    写真8:旧市街、オールド・ゲート
     
 城壁と稜堡に囲まれた旧市街に足を踏み入れると、ポルトガル・オランダ・イギリスとつづく支配の中で醸成された独自のコロニアルな街並みが、昔ながらの姿で今も残っています(写真5、6、7)。旧市街の東側にあるオールド・ゲートは、以前は要塞のメイン・ゲートだったところで、上部にはオランダ東インド会社の紋章を今も見ることができます(写真8)。   
     
 写真9:ユトレヒト稜堡に建つゴール灯台   写真10: クリッペンベルク稜堡よりネプチューン稜堡を望む
     
 
 写真11:トリトン稜堡よりフラグロック稜堡を望む    写真12:ジェットウィング・ライトハウス、インド洋の落日
 ゴール要塞の南端にあるユトレヒト稜堡には、高さ18mの白亜の灯台が建っています。1848年のイギリス統治時代に建てられた(1939年に再建)スリランカ最古の灯台です(写真9)。
城壁と稜堡の上は歩いて回ることができ、東側の一部を除いて要塞をほぼ一周することが可能です(写真10、11)。また、ゴール要塞から2kmほど西方の海岸に建つジェットウィング・ライトハウスは、スリランカを代表する建築家ジェフリー・バワが設計したホテルで、そのビーチから望むインド洋の夕日は絶景です(写真12)。
  <写真1~12:2018年,内田 順文 撮影>



                                              

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