サンゴ礁の白い砂       国士舘大学 文学部 地理学教室 長谷川 均

 このページは DIVER誌 1990年4月号に掲載された原稿をもとに作成しました。

「星砂」、「有孔虫」に関する生物学的な解説は、下記に藤田和彦さん(阿嘉島臨海研究所)の詳しい報告が載っています(星砂の生物学、みどりいし、No.12、2001年)。
http://www.amsl.or.jp/jp/b_top.htm

ビーチロックの成因などに関しては、田中好國さんのページに解説があります。http://www2.117.ne.jp/~tnk1998/b.r.html
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 海に潜ることに慣れた人が、まず最初に興味を持つものは色とりどりの魚ただろう。南の海に潜れば、魚たちの他に美しいサンゴや貝も目を楽しませてくれる。しかし、そのサンゴたちがつくる地形や、波が作る海底の砂模様などに興味を持つ人はあまりいないようだ。本誌1989年11月号14ページでジャック・モイヤー氏らが述べているように、美しいサンゴがあるからといって、健全なサンゴ礁が残っていると判断するのはおかしい。サンゴ礁は、サンゴ、魚類、藻類などサンゴ礁生態系をつくる生物たちが揃っていなければ意味がない。この一文で、サンゴ礁の一員である白い砂の生い立ち、サンゴ礁生態系にはたす砂の役割を簡単に説明したい。


  海辺の砂はどこから来るのか

 いうまでもないが、海の砂は川から運び込まれたものである。山から川へ運び込まれた岩石は、下流に運ばれる途中で砕かれ、最後には砂(あるいはもっと細かい泥)になる。河口から海に出た砂は、沿岸流に運ばれ波に打ち上げられて浜に堆積する。浜に堆積した砂が波によって再び沖へと運び去られることがあっても、川から供給される砂が途絶えないかぎり砂浜はなくならない。砂浜は、陸と海との間で行われる供給ー堆積ー浸食という、自然の絶妙なバランスが崩れない限り維持されてゆく。

 本土の浜砂は、一般に暗い色調のものが多い。山をつくる岩石の色を見れば、察しがつくというものである。もっとも瀬戸内海沿岸のように、カコウ岩という白っぽい色の岩石からできた砂は白い色をしている。また、サンゴ礁の島々といっても、ハワイ諸島のように火山の周辺にサンゴが付いているような島では、火山岩が砕かれた砂が入ってくるから、砂の色はかなり黒ずんでみえる。では、「サンゴ礁の白い砂」はいったいどこから来たものだろう。

 サンゴ礁の島々は、死んだサンゴが積み重なってできた、石灰岩と呼ばれる白っぽい岩石でできている。しかし、浜砂に占めるこれらの割合は非常に少ない。本節の冒頭で、「海の砂は川から運び込まれた」と書いたが、サンゴ礁の海に関してこれは当てはまらない。手にとってみればわかるが、白い砂の多くは、海に生息する生物の遺骸である。サンゴ礁では、砂の生産と運搬、堆積が川を介さずほとんどが海だけで行われている。本土の浜砂は鉱物からできているが、サンゴ礁の砂は生物からできている。いちばんの違いはここにある。


  サンゴ礁の白い島

 サンゴ礁を空から見ると、あおい海に浮かぶ小さな白い島をみかけることがある。日本にはこの様な島は10コ程しかないが、インド洋や南太平洋のサンゴ礁に行けば眼下のあおい海にしばしば白い島々をみることができる。白い島は、いわゆるサンゴ砂からできていて「サンゴ洲島(コーラル・サンド・ケイ)」と呼ばれる。サンゴ礁の島々は、前述のように石灰岩からできたものが多いが、島より低い海面すれすれにあるサンゴ礁の高まりの上に、このようなサンゴ洲島はつくられている。写真1は、沖縄久米島にある「ハテの浜」の一部分である。この写真の左端をみれば、サンゴ洲島がサンゴ礁の高まりの上に打ち上げられた砂でできていることわかるだろう。
 ハテの浜は、全長数キロメートルにおよぶ、世界でも有数のサンゴ洲島である。サンゴ洲島にも植物におおわれているものもあれば、ハテの浜のようにサンゴ砂やサンゴ礫が露出するものもある。このような裸の島は、サンゴ礁地域に多い台風やサイクロンの直撃を受け、しばしばその形状を変化させているし、消えてしまう島さえある。ハテの浜にしても、冬と夏、次の年の夏では大きく形を変化させる。砂でできた島の宿命である。


写真1 沖縄久米島の東部には、ハテの浜と呼ばれる全長数キロメートルにわたるサンゴ洲島が連なる。この写真はその西端部分にあたる。白い砂の島は、季節により、年によりその形を変化させる。


  白い砂をつくる生物たち

 サンゴ砂をつくるのは、サンゴや貝殻が壊れたもの、その形から星砂や太陽砂と呼ばれるもの、ウニの殻、サボテングサなどの石灰を分泌する藻類のかけらなどである(写真2)。浜に打ち上げられた星砂は、波で運ばれる途中でトゲが取れたり、磨耗したりして星の形に見えないことが多いから、うっかり見過ごしてしまうかもしれない。いずれにしても、サンゴ礁の白い砂は、営みを止めた生物たちがつくったものである。

 サンゴ礁の砂が生物の遺骸だということは、棲んでいる生物の種類に応じて砂の構成が場所ごとに違うことを意味している。試みに、いろいろな砂浜で砂を見くらべてみるとよい。サンゴのかけらが多い砂もあれば、ほとんどが星砂だけの砂もある。海の中でも、狭い範囲で砂の構成はしばしば大きく変化する。砂をつくるこれらの正体や分布のしくみをひとつづつ明らかにしてゆきたいが、全てを述べるには紙面が足りない。ここではとりあえずこれらの生物たち、特に星砂の正体を解きあかそう。

 写真2 サンゴ礁の浅い海底で採取した、砂をつくる生物の遺骸。写真には、星砂、太陽砂、サンゴ片、貝殻片、ウニのトゲなどが写っている。浜に打ち上げられる星砂は、トゲが取れたり摩耗したりで、ほとんどが丸い砂粒になってしまう。ボールペンの先(左下)とマッチ棒(下中央)がスケールになる。 




  星砂の正体

 沖縄のみやげもの店で、「数万年前の化石、星砂」というコピーを付けて星砂を売っていた。これはまっかなウソである。生きた星砂はその気になれば、サンゴ礁の浅場ですぐにでも見つかる。

 星砂は有孔虫という原生動物である。わかりやすくいえば、有孔虫はアメーバの仲間で、殻をかぶった単細胞動物が星砂や太陽砂の正体である。有孔虫はたった一つの細胞からできている。この仲間には、目に見えないほど小さい種類も多い。星砂や太陽砂は大きさが1ミリをこえ、大型有孔虫と呼ばれる。有孔虫のなかで、私たちが海辺で目にし、気がつくのは数種類の大型有孔虫と思ってよいだろう。有孔虫には浮遊生活をするものと、底生生活をするものがある。星砂は後者の例で、浅場の海藻にくっついて生きている。これだけの知識を持ってサンゴ礁の海へ行けば、浅場の岩礁に付いた海藻の中から、生きた星砂はあんがい簡単に見つかる。

 星砂のほんとうの名前は、バキュロジプシナという。太陽砂はカルカリナだ。このふたつの種類は、同じようなところに住み、同じような一生を送る。写真3は、ついさっきまで生きていた有孔虫たちで、良く見ると表面に小さな穴が無数に開いている。この小孔から透明な偽足を出し、海藻にしっかりくっついている。小さな命が海の中で波にもまれる姿を見ると、なんともけなげで愛しくなる。

写真3 海辺で見られる代表的な有孔虫。トゲの先端が尖っているのが星砂(バキュロジプシナ)。太陽砂(カルカリナ)は、トゲの先端がまるく、殻もまるみを帯びている。円盤状のものは、マーギノポラという有孔虫で、これもしばしば目にすることができる。スケールは一目盛1ミリメートル。


  星砂の生活

 サンゴ礁をつくる造礁サンゴには、共生藻が住みついていて炭酸カルシウム(石灰質)の骨格をつくりあげる。藻類は光合成をおこなうので光が必要である。したがって、造礁サンゴの仲間は比較的浅い海が生活の場となっている。バキュロジプシナ(星砂)にも、同じように共生藻が住みついている。バキュロジプシナの生活の場は、サンゴと同じように光が届く浅い海である。バキュロジプシナは共生藻の力をかりて、海中の二酸化炭素を体にため、星の形をした炭酸カルシウムの殻をつくりあげてゆく。
 海藻にしがみついて生きているバキュロジプシナは、多いときには1平方メートルあたり数十万匹も見られるという。バキュロジプシナは、どのようにして仲間を増やすのだろう。琉球大学(現東北大学)の西平守孝さんの文章に、「夏のはじめころ親の肉が殻の中で細かく分かれ、そのひとつひとつが小さな殻をつくって親の殻から出てくる」とある。親は殻だけを残し、引き代えに数百の子供が生れ出るらしい。沖縄のような暖かい海では、生殖は一年中おこなわれているというはなしもある。とにかくバキュロジプシナは、サンゴ礁の海で一年にいちど、たくさんの子供達をつくり、そして死んで“星”になる。

  サンゴ礁の砂の役割

 ブダイは、サンゴの海で私たちが最も頻繁に顔を合わせる魚である。ブダイの行動を追跡すると、サンゴをガリガリかじっているのを目撃する。ブダイはサンゴにくっついている栄養分を消化した後、細かい泥のような排泄物をまき散らす。また、浜に近い砂床にいるナマコのかたわらには、ちいさなウドン玉のような砂や泥がチョコンと積まれている。これはナマコのウンコだ。ナマコは砂に含まれる栄養分を消化・吸収し、砂や泥を排泄する。サンゴや砂は波によって機械的に破壊されるほかに、このように生物によっても細かくされる。サンゴ礁では、砂はいくらでも生産されている。そして砂の一部は、実は長い時間をかけて岩石に変化する。
 サンゴ礁の島をつくっているのは、すでに書いたように石灰岩である。しかし、石灰岩を割って調べてみると、サンゴだけからできているわけではないことがわかる。サンゴのすきまを埋めているのは砂なのである。波間を漂う砂たちは、サンゴ礁のくぼみにたまり、封じ込められて固い石灰岩にかわってゆく。砂を固め封じ込めるのは、石灰を分泌する藻類の仕事である。サンゴ礁の海では、たくさんの生物たちがお互いに働き合って、硬いサンゴ礁を築き上げる。

  海辺の砂も石になる

 最後に再びサンゴ礁の砂浜に戻ってみよう。写真4の浜辺に注目してほしい。板状の岩石が海岸線と並行に浜に2列、少し沖に1列見える。これらはビーチロックという海浜砂岩で、沖縄では板千瀬と呼んでいる。石灰岩とビーチロックは、できるプロセスとできあがるまでの時間が違う。しかし、ビーチロックもやはり生物の遺骸からできた岩石である。
 ビーチロックは主に砂やサンゴ片からできている(写真5)。この砂はもちろん、これまでに述べてきたサンゴ礁の砂である。強烈な日射の助けを受けて、海水と砂の成分とが化学反応を起こし、硬い板状の岩石ができあがると考えられている。ビーチロックの中には、浜に流れ着いたガラス瓶や生活雑貨品が閉じ込められたりしていることもあるので、他の岩石に比べれば、比較できないほど短時間に形成されることもあるに違いない。

 ビーチロックは、海浜を波から守ってくれる自然の防波堤である。しかし、沖縄では、この防波堤がいたるところで破壊されている。そして、まあたらしい護岸堤やテトラポットに置き替わってゆく。これらにしても、石灰岩からつくられるセメントでできているのだが、その姿は味気無く何ともうら哀しい。
写真4 浜辺とすこし沖にみえるのがビーチロックである。
サンゴ砂でできているのだが、表面は海藻が付いて黒ずんでみえる。


 土木工事や砂の採取で、美しい砂浜も少なくなってきた。建設骨材としてサンゴ砂の需要は多い。ひとつの浜が根こそぎ無くなってしまったこともある。そこでは、何年経っても砂は戻ってこなかった。自然のバランスを崩したツケは大きい。しかし、その一方でリゾートホテルでは、運び込んだ砂でつくられた人工ビーチがにぎにぎしくオープンする。もちろんこんなところで、生きた星砂はみつからない。

 

 写真5 ビーチロックの断面。砂やサンゴ片が固結してできている様子がよくわかる。