長谷川均(はせがわ ひとし)(教授)
一九五三年
出生地 新潟県加茂市
学歴   法政大学大学院博士課程満期修了。博士(理学:東京都立大学)
担当科目 地表環境の生い立ち、地理情報システム、環境リモートセンシングなど、地形学、GIS、RS関連の科目や演習、大学院の講義や実習などを担当しています。
研究分野 ここしばらくは、「サンゴ礁地域の環境保全」をテーマに、サンゴ礁地形やサンゴ礁地域の土地利用調査などに専念してきました。ようやく一区切り付いたので、十年ほど前に書いた本を、そろそろ書き直そうかと思っています。リモートセンシングやGISの分野で貢献できるからと、イラク戦後復興支援の手伝いをし、その延長で中東地域の自然地理の調査を始めました。これもなかなかおもしろいので、これから数年は砂漠へいったり、海へ行ったりということになりそうです。
学生へ 私は、「興味のあることを好きなだけやってもらう」ということにしています。ただし、きちんとした成果は求めます。元気のある人であれば、どうぞ長谷川ゼミへ来てください。ただ、サボル人、手抜きをする人にはけっこう怒りますから、それは覚悟してください。
その他 私生活では、一女一男の父。カミさんには頭が上がらない。生まれ変わったら大仏になりたい。

以上は、文学部で発行している冊子に掲載された文章です。


指導した卒業論文のリスト
最近の研究:「ニューズレター」の奇数号をご覧下さい。


本文は、「森林技術」 2007年787号に掲載されました。編集部の許可を得て転載します。

シリア砂漠とユーフラテス川  
  −アル・ラッカにて 2007年8月16日−

  国士舘大学 地理学教室 教授 長谷川 均
  
 ヨルダンの滞在先からシリアに入って一週間経った。アル・ラッカという地方都市にいる。ダマスカスから5時間、猛烈なスピードで飛ばすタクシーに身を託してやってきた。
 腹の具合は絶不調。暑すぎて仕事にならないから3時過ぎには切り上げて、5時前にホテルに戻る。ボスは中東を専門とする考古学者。定年前の最後の大プロジェクトで気合が入っている。調査隊はさまざまな大学の混成である。いろいろな人がいて面白い。吉田戦車の漫画に出てきそうな人は、私が好感を持って見ているぼくとつな人物であるが、別の世界に出たら大変だろうなと思わずにいられない。

 ところで5時前に帰り、洗濯しながらシャワーを浴びると、8時過ぎの晩飯までは中途半端な時間になる。暇つぶしに見るテレビはアラビア語しか入らない。Webもつながらないから、ここ数日は世界がどう動いているのかほとんどわからない。アラビア語がわからないから何を言っているのか分からないけれど、アルジャジーラのニュースはすべてが暗く、気が滅入る。映画チャンネルはアラビア語字幕のアメリカ映画が切れ目なく続く。うとうとしながら音だけ聞いていると、ここがシリアかと思うほど。今日の収穫は「ナバロンの要塞」で、若くて渋いG・ペックを見たことくらいか。アメリカのチョコレートやシリアル、生活雑貨、映画のCFがさかんに流れる。みせ屋へ行けばペプシにマルボロ、ケントにラーク・・・。運転手の兄さんが着けているサングラスはレイバン。アメリカ嫌いのくせに、なんだか一貫性がないじゃないかとテレビや人々に文句を言いたくなる。

 それにしてもシリア砂漠である。風が熱い。最初の一日、二日は珍しいものばかり見るから疲れないが、三日も経つと少しだれてくる。誰が通るのか、砂漠の中に轍がある。我らの前に通った車が、何日前か何年前かわからない。雇った運転手はどう見ても毎日同じムハムッド氏だが、毎日違う車で来る。どの車もたいがいヒュンダイ。見た目はすごくいい。シリアやヨルダンでは、新車はだいたい韓国車である。世界で一番売れているのじゃなかと思うほどだ。そのうちウチの車も韓国車になるのかなと思わず思ってしまう。でも悪路を走ると、きしみがすごくてうるさい。何とかしてほしいのである。でも感心するくらいよく走る。ところで、悪路では車の力が落ちるせいか、エアコンを切って窓を開け放ったまま走るから、体中が粉まみれである。砂漠といってもこの辺は土漠だ。耳の中、鼻の中、口の中まで粉まみれになる。口を開けてぼんやり景色を眺めているわけではないのだけれど。

 地理班は私と院生のG君であるが、私は彼の助手をしているようなものである。日本を出るまで私はいろいろな仕事が手いっぱいで、ろくな準備ができなかった。出発前に、ロシアの地形図を印刷してくるのが精いっぱいだった。身一つで日本を発ったようなものだ。あれこれ頼もうにも、G君は私より先に調査先のヨルダンに発っていた。今回のシリア調査のアイデアは彼が組み立てたので、G君は面白くてしょうがないらしい。テルとよばれる遺構の高まりを、衛星データや古い地形図、デジタル標高モデルから抽出する。その現地調査である。私のほうは台地の上の砂漠地帯から低地に下りてきたときに、ユーフラテス川の段丘堆積物を探しているが、相方の調査のついでに見つかる露頭を記録しているようなもので効率が悪い。二つの調査を一台の車でやるのが間違いなのだが、車を余計に雇う資金がないのだ。だから、効率の悪い露頭探しはどうしても遠慮気味になる。このような理由で私はほとんど助手役をやっているのである。ハンドレベルで丘の高さを測ったり、写真を撮るための土器片を拾い集めたりする。印刷してきた地形図もナビ役のG君が使うから、私はどこを走っているのか正確にわからない。だから、あまりおもしろくない。こっちが露頭に張りついていると、相方はいい加減に出ましょうというような退屈そうな顔をしている。ムハムッド氏は車から降りてこない。なんだかすまない気になってしまう。


写真1 ユーフラテス河の低位段丘上にあるテル
日干しレンガの遺構が何世代にもわたって積み重なっている。



 シリアでは、アメリカとの関係が悪化した一年前からGPSの使用が禁止になった。違反者は拘束されて国外退去、調査隊の活動もそれで終わりとなる。既にフランス隊があげられてしまったという。私が捕まるのは、まぁそれも経験としては面白いかという気もするが、隊に迷惑がかかるのは申し訳ない。秘密警察の目が厳しいというので、持ち込みは止めた。そのくせ地形図の購入はお勝手にという状況である。ダマスカスの街中でいくらでも買える。隣国ヨルダンはこの逆で、GPSは事実上野放し、地形図や空中写真の購入は軍の管理する王立地理院でルートを使って購入するしかない。欧米系某社の高解像衛星データは、イスラエル国内が少しでも入っていると意図的に解像度が落とされて届く。開けてみるまでわからないが、値引きがあるわけではない。だまされた気になる。こっちはイスラエルを覗き見したいわけではないのに。


写真2 ユーフラテス河中流の景観
北岸からビシュリ台地をみる。氾濫源に沿って綿花畑。中洲に河畔林が見える。


 さてテルである。テルの調査といっても、遺構が墓場に転用されていることも多いので、見て回ってもあまり気持ちの良いものではない。新しい墓では、土葬した跡がこんもりと盛り上がっている。そんなものが密集しているから足もとが気になってしょうがない。新しい墓は小石が一面に被せられているのだが、古いものはその石が無くなってほとんど平らになっている。地面から髪の毛が束になって生えていたり、太い骨が突き出ているのを見るのはちょっとな・・という気になる。夢見も悪い。ふだん夢などめったに見ないのに、へんな夢ばかり見る。いつもため息ばかりついている同僚が、夢の中でもうなだれていたり、死んだ先輩がこんにちはと言ってきたりする。やれやれである。 愚痴っぽい話になったが、いいこともある。ユーフラテス川を初めて見た時には驚いた。黄河のような泥色の河かと思っていたら、中流のこの辺りの水の色は青い(もっとも黄河だって上流は澄んだ色をしている)。ユーフラテスの色はサンゴ礁の海のようである。まぢかの段丘から見下ろすユーフラはもっといい。中洲には、手つかずの河畔林が残っている。男が崖っぷちに座り込んでぼんやり20メートルほど下の川面を眺めている。川漁師がボートを漕いでいる。絵のような風景である。土漠を車で走っている時の喧騒がうそのような一時である。こういう景色を見ているだけでも、はるばるここへ来たかいがあったなという気になる。