Vol.3−06   2001年06月号
「巻機山 −美しい池塘の山−
このページは画像が大きいので、電話回線での閲覧は時間がかかります
このページは、1024×768以上の画面でごらんください。画面が小さいと写真の配列位置がこわれます。

 越後三山とよばれる、コマ、ナカ、ハッカイ(駒ヶ岳、中岳、八海山)の南にある巻機山は、女性的と形容されるなだらかな稜線をもつ美しい山である。巻機山は標高2000mにわずかに満たない稜線上にあり、美しい池塘をいくつもたたえている。多雪地域にあるこの山の沢には、8月中旬まで雪渓が残り谷壁には彫刻刀で彫ったような雪崩道がある。稜線には草原が広がる。
 少し余計なことを書くと、筆者が通っていた高校は、この山の山腹に山小屋を持っていた。正確には、山岳部と地学部の顧問が作った山小屋であった。筆者は、高校時代から3、4年間、春と夏はここでの合宿を楽しんだ。山小屋を作った1人である恩師は、山小屋でも大酒を呑んでいたが、私が大学を出た頃に肝臓を壊して亡くなってしまった。それ以来、この山へ行くのが何となくはばかられるようになってしまった。
 さて、巻機山では70年代の半ばから稜線上の池塘が登山道の崩壊に伴って埋まり始めた。また、登山道の侵食も進み土壌層の下にある角レキ層が現れ始めた。この角レキ層はかつて凍結融解作用でつくられたものである。画像4,5は、筆者が最後に訪れた77年に撮影したものである。その後、80年代以降事態はいっそう深刻化し、保護活動が始まった。この間の経緯は、松本清著「よみがえれ池塘よ草原よ」山と渓谷社(2000年)、http://www.ne.jp/asahi/nature/land/maki.html や http://www1.odn.ne.jp/makihata/に詳しい。長年にわたるボランティアの方々の活躍で、90年代後半に巻機山は美しい景観を取り戻したようである。
 画像2では、六日町を挟んで地すべりの多い西側の頚城丘陵と、急峻な岩壁や雪崩で侵食された東側の越後山地の山ひだの細かさの違いが明瞭である。巻機山の東側は、利根川の源流域の山地になる。画像3は、巻機山周辺の拡大画像で、RGBにTM 3,2,1を割り当てて作成した。この画像では、稜線付近の草原が山腹の森林地帯と色の違いで区別できる。稜線は2000mに満たないが、稜線付近は強風や多雪の影響が強くあらわれ(山頂現象)、森林が成立せず草原が広がるとおもわれる。

 
画像1 新潟平野と画像2の位置(枠内)
   画像2 巻機山と越後三山 1999.08.01 LANDSAT TM 


 
画像3 巻機山周辺の拡大画像 1999.08.01 LANDSAT TM

  
画像4,5 1977年当時の巻機山の稜線と登山道の侵食(撮影:長谷川均)


 <これらの画像の使用は、個人的な目的であってもご遠慮ください>   

Back Number をみる