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VOL.20-11  2018年11月

  「京王線沿線の不思議と謎(5)

岡島 建

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 今回と次回は沿線の公園について取り上げる。京王線・井の頭線には「公園」のつく駅名が「芦花公園」「百草園」「平山城址公園」「井の頭公園」「多摩動物公園」の5駅がある。それぞれ同名の公園の最寄り駅であるが、「芦花公園」は正式には「蘆花恒春園」である。「百草園」のみ京王の経営で、他は都立公園である。今回は「芦花公園」「百草園」と「井の頭公園」を取り上げる。
 芦花公園は、明治の文豪徳冨蘆花の旧宅「恒春園」(写真A)を中心とする公園で、旧宅と耕地の寄付により東京市が整備し、1938年開園後、周辺の土地に拡大したもので、武蔵野の面影が残る景観となっている(写真B)。現在、公園の周囲は住宅地となっているが、竹林などの景観も残されている(写真C)。
   
   
<写真A>  <写真B>    
     
     

<写真C>   

 <写真D>    
 百草園は、この地にあった松連寺の庭園として享保年間に造営されたのが起源で、明治期に廃寺となった後も庭園は残され、生糸商人の所有の後、1957年京王に経営移管された。園内には梅や藤・菖蒲など多くの花が咲き乱れる(写真D)。また、多摩丘陵上にあって見晴らしが良く、近くは多摩川(写真E)、遠く東京都心まで望める(写真F:手前の屋根は松連庵)。    
     
   

<写真E> 

<写真F>    
       
       
 <写真G> <写真H>     
       
 井の頭公園については、本書p.12に述べているように、井の頭池(写真G)が江戸開府前の1590年代に神田上水の水源地(写真H)となっており、神田川の名称はここから来ている。井の頭池は武蔵野台地の湧水(写真I)を水源とするので自然の池であり、最奥部にある弁財天(写真J)は平安時代以前に遡る。現在もっとも湧水らしい形をしているお茶の水は徳川家康ゆかりのものであるという(写真K)。江戸時代には一帯は幕府御用林で、明治期に宮内省御用林、1913年に東京府に下賜されて、1917年から恩賜公園として一般に開放された。京王井の頭線は帝都電鉄時代の1933年に渋谷・井の頭駅間が開通し、翌年公園の東端の上を通って(写真L)、吉祥寺駅乗り入れを果たした。    
     
       
<写真I> 

<写真J>

   
       
       
<写真K>  <写真L>     
本書:『京王線井の頭線沿線の不思議と謎』(じっぴコンパクト新書)2015/9発行
(写真A・Cは2016年10月、Bは2002年9月、D〜Fは2016年5月、G〜Lは2018年11月、いずれも岡島 建撮影)
   
     

                                              

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