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VOL.22-05  2020年05月

  ブルガリアの山(1)・ムサラ山

佐々木明彦

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   2006年9月にブルガリアを訪れた。ブルガリア共和国はバルカン半島に位置する国で,国土の広がりは南北およそ250 km,東西450 kmで,日本の本州の半分くらいの面積である。北の隣国ルーマニアとはドナウ川で境され,ドナウ川に沿って肥沃な平野が広がる。国の中央部では,西の隣国セルビアから東の黒海沿岸までスタラ山脈(バルカン山脈)が東西に延び,その北麓は徐々に標高を下げながら緩やかにドナウ川沿いの平野に至る。 一方,スタラ山脈の南側は断層崖の急斜面で,明瞭な山麓線を示して,首都ソフィアの盆地や国の中央部を東西に広がる「バラの谷」に面する。ソフィアの南側では,リラ山地やロドピ山地,ピリン山地など,かつて氷食を受けた山地が広く山塊をつくり,南側の隣国ギリシャと接する。スタラ山脈が中生代から新生代の造山運動で形成されたのに対し,リラ山地やロドピ山地,ピリン山地は,古生代の造山運動で形成され,長期にわたる侵食作用を受けて平坦化した後に,新生代になって断層をともなって褶曲し,大きく隆起した。スタラ山脈の最高峰が標高2376mのポテフ山であるのに対し,リラ山地の最高峰は標高2925mのムサラ山,ピリン山地の最高峰はヴィフレン山2914mと3000mに届く高さである。この違いもあって,スタラ山脈では標高の高いごく一部にしか氷食地形は見られないが,リラ-ロドピ山地やピリン山地では,圏谷やアレート,氷食谷などの氷食地形が広く見られる。ブルガリア全体の話題は別の機会に譲り,今回はリラ山地のムサラ山にみられる地形を中心に紹介する。
 
   
  写真1 ブルガリア最高峰のムサラ山(Musala; 2925 m)。ムサラ山はブルガリアの南西部リラ山地に位置する。標高2370mの登山開始点からムサラ山山頂をみる。山頂はけっこう遠い。
写真2 ムサラ山に登る前日は北麓の街ボロヴェッツ(Borovets)に宿泊した。ボロヴェッツはウインタースポーツの基地でもあり,ロッジや土産物屋,スポーツ店などが通りに並ぶ。かつて日本でもみられた開発型のスキーリゾートがここでもみられた。  
       
   
  写真3 ムサラ山に登るには,スキー場のなかの林道を歩く方法もあるが,ゴンドラを利用して一気に森林限界まで登るのがよい。ゴンドラの始発は8:45だった。標高1350mから標高2370mまで一気に登った。
写真4 ゴンドラを下りて麓の方向を振り返ると,U字谷であることがわかる。Musalenska Bistrica 川のU字谷はMusala氷河がつくったもので,最終氷期最盛期には写真に見える最下流部(その先にボロヴェッツの街がある)まで氷河が流れ下っていたことがわかっている。
 
     
     
 

写真5 ムサラ山の北面Musalenska Bistrica 川の流域には複数の圏谷があるが,その一部は2段の構造をもつ。この圏谷は最終氷期の終焉に向かうなか,古ドリアス期に解氷されたことがわかっている。湖は氷河湖で,湖をとりまく建物がたつ高まりは,古ドリアス期の氷河前進によって形成されたモレーンである。

写真6 上位の圏谷には岩石氷河がみられる(赤矢印)。岩石氷河は新ドリアス期の氷河が後退したあと,8000年前ころまでに形成されたと考えられる。青矢印で示した高まりは8000年前ころの氷河前進によってつくられたモレーンであり,岩石氷河は氷河末端より下方にあった。なお,最近圏谷壁の一部が崩壊し,岩屑がモレーンの上端に達したらしい。  
     
   
  写真7 ムサラ山北面の地形。写真5の氷河湖も見えている。圏谷が上段と下段の2段構造になっていることがわかる。圏谷やU字谷の外側の山稜は丸みを帯び,斜面は水平方向に起伏がほとんどない平滑な斜面である。これらは周氷河作用を強く受けて形成された周氷河性平滑斜面である。
 
写真8 ムサラ山の山頂と直下の圏谷壁,山頂に続く山稜と斜面。圏谷の最上部が見えている。この圏谷には8000年前頃まで氷河が存在した。広い山稜は周氷河作用を受けて丸みを帯びている。
 
   
   
  写真9 ムサラ山頂にみられる三角点。座標などが記載されている。ムサラ山山頂における年平均気温は-3℃であり,日本の北アルプスの3000 m峰での年平均気温とほぼ同等である。 写真10 ムサラ山山頂付近は南北に圏谷が形成されており,両者の間の山稜はアレートとなっている。

 
   
   
   
   
  (2006年9月9日 佐々木明彦 撮影  
 
     

                                              

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