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VOL.22-09  2020年09月

  2020年2月下旬の南房総-植生景観を中心に-

磯谷 達宏

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 2019年の9月9日前後に来襲した台風15号(令和元年房総半島台風)と10月12日前後に来襲した台風19号(令和元年東日本台風)は、日本列島に大きな被害をもたらした。房総半島ではとくに台風15号による風害の影響が顕著で、家屋等への甚大な被害があったほか、電信柱や樹木の倒壊等に伴う電線断裂の影響が深刻で、南房総の広い範囲が長期間にわたる停電を余儀なくされた。
 筆者は、これらの台風の来襲から5〜6ヶ月が経過した2020年2月22日〜24日に南房総の海岸域付近を広く見て回る機会を得たが、本来は2月でも緑の葉を茂らせている常緑広葉樹林のマテバシイ林などが葉を落としている様子が、広い範囲において確認された。常緑樹なのに落葉していたマテバシイ等が、その後に新葉を展開して生き延びたのか枯死してしまったのかについては確認していないが、ここでは記録として、2020年2月の時点で撮影された森林植生の様子を中心に記載しておくこととする。
  なお、南房総地域では近年、マテバシイ林にもナラ枯れ(カシノナガキクイムシが媒介するナラ菌による樹木の枯死)が発生してきたことが知られている。そのため、マテバシイ林の広域的な白化・枯死については、2019年の台風15号来襲前から広域的に発生していた可能性や、ナラ菌で衰弱していたマテバシイが台風による潮風害の影響を受けて枯死が一斉に進んだ可能性なども考えられる。いずれにせよ、今後、詳しく研究すべきテーマであろう。

 
   
 

 

 
  写真1  緊急補修された屋根が残る鋸南町の海岸付近

写真2 道の駅「きょなん」の様子。

 
       
 

 写真1は、2019年9月に台風15号による風害の影響を強く受けた鋸南町の海岸付近の様子である。この写真にみられるように、約半年が経過した2月下旬においても、屋根の多くがブルーシートによって緊急補修されたままであった。写真2は、道の駅「きょなん」の様子。左端にあるトイレの屋根が修復工事中であることがわかる。背景の山の雑木林(二次林)は、冬のため落葉した状態の樹木のほかに、倒壊・枯死した樹木がみられる。落葉樹のようにみえる樹木の中には、前年の台風に伴う塩風害で落葉(枯死)した常緑広葉樹(照葉樹)も含まれているかもしれない。中央の黄色の屋根の左側には、南国的景観を造るために植えられたワシントンヤシの仲間(ワシントンヤシモドキ?)であるが、下半分の葉群が枯れており、台風による塩風害によるものとみられる。

 
       
 

写真3 南房総市白浜の磯笛公園付近の様子 

写真4 白化したマテバシイ林(磯笛公園付近)

 
    写真3と写真4は、南房総市白浜の海岸にある磯笛公園から北側の山を写した様子である。冬も温暖な南房総の海岸付近の一帯は、常緑広葉二次林が優占する地域なので夏緑広葉樹は少なく、通常年であれば2月でも、里山の雑木林は青々としている。しかし、この一帯に限らず、2020年2月下旬の時点では、南房総の海岸付近の二次林の多くが、これらの写真に見られるように白っぽくなっていた。一部に緑葉も残る、同種とみられる常緑広葉樹が大半を占めているが、樹皮の色(薄い灰色)などから、白っぽくなっている樹木の大半はマテバシイであるとみられる(写真4)。今回は、白化した樹林をすぐ近くで確かめることはできなかったが、現地の方からも「去年の台風でマテバシイがやられてしまった」との証言を得ている。
 マテバシイは、九州などでは自然分布がみられるブナ科マテバシイ属の照葉樹である。房総半島南部ではかつて、「海苔ひび」材や薪炭材の採取、飢饉対策(大きな堅果が食用可能)などの目的で広く植栽されたことが知られている。植栽後に伐採・再生が繰り返されると、マテバシイ林は二次林のような林相となる。マテバシイはとても耐陰性が高い樹種で、隣接する他種個体との樹冠拡大上の競争力も高いので、近年、管理放棄されたマテバシイ林は、隣接する樹林に向けて拡大する傾向があったようである。今回、南房総の海岸付近の広い範囲において、2019年台風に伴う塩風害やナラ枯れの影響とみられる落葉・白化現象が認められたので、今後の動向が注目される。なお、写真3の右下と写真4の左下には緑葉の多い常緑針葉樹がまとまって生育しているが、これらは、防風などの目的で植栽されるビャクシン(類)とみられる。
 
       
   写真5 南房総市白間津の花畑と背景の里山
写真6  白化したマテバシイ林(白間津)  
       
    写真5〜8は、花卉の露地栽培で有名な、南房総市千倉の白間津地区で撮影されたものである。このあたりの花畑の背景の里山も、通常年であれば冬でも青々とした常緑広葉二次林のはずであるが、写真5〜7にみられるように、2020年2月下旬の時点では、白化したマテバシイの多い樹林が広く観察された(とくに写真6の斜面上部)。  
     
     
       
   写真7 白化したマテバシイ林(中央〜左)と緑葉が残る二次林(右)  写真8 葉の多くが枯れたソテツ  
       
 

しかし、同じ地域の樹林でもよく見ると、写真7の右側のように、緑葉がまとまって茂る通常に近い林分もみられる。このような差が生じた理由としては、斜面方位によって台風時の塩風害の程度が異なった可能性と、樹種による塩風耐性の差が現れた可能性(タブノキは塩害に強い)が考えられるが、今後の研究が待たれる。写真8の中央部は、花畑脇に植えられたソテツの葉の多くが、やはり塩風害によって枯れてしまった様子である。

  
 
       
       
  写真9 2月の菜の花畑(鴨川市江見太夫崎)  写真10 塩風害を受けた海岸脇のクロマツ(鴨川市東条海岸)  
     
 

写真9は、南房総では2月下旬でもみられる菜の花畑の様子(鴨川市江見太夫崎)。写真10は、鴨川市東条海岸の脇で観察された、塩風害で変色した海岸最前列のクロマツの様子である。クロマツは塩風に強い樹種で、少し奥のクロマツにはこれほどの変色は見られなかったが、一部の葉は変色していた。

 
       
       
       
 

  写真11 沓見莫越山神社のスダジイ林(南房総市) 写真12 同クローズアップ写真  
 

 写真11〜12は、海岸から2kmほど離れた南房総市沓見の沓見莫越山神社付近の様子である。写真11は、沓見莫越山神社のスダジイ林付近の様子で、左から中央にかけての針葉樹(ヒノキ?)は塩風害を受けた様子だが、奥のスダジイは青々と茂っている。写真12は、同じスダジイ林にクローズアップした様子を示す。

 
   
   
   写真13 沓見莫越山神社付近のソテツ(南房総市)  写真14 塩風害の影響のない里山(鴨川市大山千枚田)  
       
 

 沓見莫越山神社のスダジイ林が塩風害の影響をほとんど受けなかった理由としては、塩風に比較的強いスダジイの種特性も考えられるが、海岸から2km程度離れているため、海岸付近ほどは塩風の塩分濃度が高くなかったことも関わっているのかもしれない。写真13にあるように、この付近のソテツの葉は青々としており、写真8に示した被害を受けたソテツの様子(海岸に近い南房総市白間津)とは全く異なっていた。写真14は、海岸から10km以上離れた鴨川市の大山千枚田付近の様子である。このくらい海岸から離れると、塩風害の影響はほとんど及ばなかった様子である。三角樹形のスギの葉が赤褐色化しているのは冬の通常の様子であり、塩風害の影響を受けているとは認められない。

 

 
 

<写真1〜14:2020年2月22日〜24日,磯谷達宏 撮影>

     

                                              

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