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VOL.23-06
  2021年06月

  山梨県松姫峠付近の夏緑広葉樹林
磯谷 達宏

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太平洋型のブナ林では、ブナの再生状態が良くない事例が数多く報告されてきた。しかし、山梨県の松姫峠付近においては、平尾根状の緩斜面を中心に、ブナ個体群がかなり良い状態で再生している事例が見出された(下記論文参照)。今回の地理写真では、この調査地とその付近において2019年の3月末に撮影された様子などを紹介する。

岡田真次・近藤博史・磯谷達宏(2019):山梨県松姫峠付近における太平洋型ブナ林の立地と更新.国士舘大学地理学報告27,1-22.

   
 写真1:標高1250mの松姫峠の様子  写真2:直線型斜面ではイヌブナが優占 
山梨県小菅村と大月市との境界に位置する松姫峠は、国道139号線の旧道が通る、標高1250mの峠である(写真1)。この峠から西北西方向に尾根道に沿って200mほど進んだあたりには、直径1mに達する大径木を含む自然性の高い夏緑広葉樹林が広がっている。ブナがよく生育していたのは、平尾根状の緩斜面を中心とした尾根型斜面と、平尾根を浅く解析する谷型緩斜面である。平尾根の直下に広がる直線型斜面(概ね急斜面)には、ブナはほとんど生育しておらず、ここではイヌブナが圧倒的に優占していた(写真2)。

   
 写真3:ミズナラ(写真中央)とハリモミ(左側の常緑針葉樹)  写真4:ハリモミ 
平尾根の付近では、ブナのほかにもミズナラ、クリ、イヌブナといったブナ科の夏緑広葉樹がよく生育していたほか(写真3)、一部には温帯性針葉樹のハリモミの生育もみられた(写真3、4)。  

   
写真5:平尾根の尾根型緩斜面上のブナ林   写真6:谷型緩斜面(中央)と尾根型緩斜面(左右)のブナ林
 平尾根を中心とした斜面ではブナが第一優占種で、太平洋型のブナ林としては珍しく、ブナの後継樹も良い状態で生育していた。写真5は、ブナの個体数が最も多い尾根型緩斜面の様子である。写真6では、平尾根を浅く刻む谷型緩斜面を中心に、左右に尾根型緩斜面が広がっている。いずれにおいても、平滑な樹幹に白っぽい地衣類が着生したブナの個体が、様ざまなサイズにわたって数多くみられる。

   
 写真7:林内でみられたシカの糞  写真8:平尾根で2004年に撮影されたヤマタイミンガサ優占の林床植生
 このあたりでも、2019年にはシカが多く生育していたようで、林内でもシカの糞がよくみられた(写真7)。夏季でも草本類の生育は疎らであった。この平尾根において、シカが増える前の2004年7月に撮影された写真8では、やや湿った立地を指標するヤマタイミンガサが優占していた様子が認められる。

   
 写真9:直径10cm程度のブナ個体  写真10:ミズナラ高木の左側にブナ小径木が2本   
このような平尾根の付近(尾根型斜面とそれを浅く刻む谷型緩斜面)では、太平洋型のブナ林としては珍しく、様ざまなサイズのブナの後継樹が、連続的に生育していた。写真9は、この森に多い直径10cm程度のブナの個体である。写真10では、右側にみられる縦縞模様のミズナラ高木の左側に、ブナの小径木が2本生育している。 

   
 写真11:ブナの稚樹(中央の枯葉の残る個体)      写真12:枯葉を残したブナの実生
この平尾根の付近では、さらにサイズの小さなブナ個体も生育していた。写真11の写真中央には、枯葉が残るブナの稚樹がみられる。写真12は、同じく枯葉が残るブナの実生の様子である。
 <写真1~7,9〜12:2019年3月29日,写真8:2004年7月15日,磯谷達宏 撮影>


                                              

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