宮地 忠幸
<専門分野>  経済地理学・農業地理学・農村地理学

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・自己紹介
 私は、1971年8月に東京都小平市で生まれました。3歳まで近世の新田集落の事例として取り上げられることも多い小川新田の一角で育ちました。その後、大学院終了時までを埼玉県狭山市で過ごしました。狭山茶の産地として名前を聞いたことのある方も多いかもしれません。いずれも東京大都市圏に位置する地域ですが、小中学校への通学路には茶やさといも、ごぼう、にんじんなどの畑が広がり、夏には近くの雑木林へカブトムシやクワガタをよく採りにいったものです。畑や雑木林が身近な生活空間のなかにあったことが、今の私につながっているように思います。
 日本大学文理学部地理学科を卒業後、日本大学大学院理工学研究科地理学専攻博士前期課程へ進学し、2001年3月に同博士後期課程を修了しました。その後、日本大学文理学部地理学科に助手として7年間勤務し、2008年4月に国士舘大学文学部史学地理学科地理・環境専攻へ着任しました。
 私が専門とする分野は、経済地理学のなかでも農業地理学や農村地理学に類される分野です。私たちの生活を根幹で支えている食料を供給してくれるのは、基本的に農業をはじめとする第一次産業を担う生産者の方々です。ご存知のとおり、現在の日本の農林水産業は厳しい現状に直面しています。しかし、私たちのこれからの生活を考えると、日本の農林水産業を中心に世界の第一次産業のあり方や一次産品の貿易のよりよい方向性を見出していく必要性が高まっているといえそうです。最近、食の安全性を揺るがす様々な問題が表面化する一方で、世界の穀物市場において小麦等の価格が上昇する傾向にあります。「食料が武器になる」としばしば言われることですが、私たちの食生活の6割から7割を諸外国の農産物に依存している現在の日本社会のあり方そのものを見つめ直す時期にきているように思います。さらに、第一次産業の生産の舞台となってきた農山漁村の経済や社会の存立を考える上でも、製造業や建設業、サービス業などの諸産業とともに第一次産業の方向性を模索していく意義が高まっています。
 このような問題意識をもって、これまで私は、地域における有機農業の展開実態を捉えながら、この農業の地域農業振興や農村振興としての意義と課題について研究してきました。生産者の経営戦略の実態を捉えながら、個々の生産者の生活と地域社会が、国民経済、ひいては国際経済のなかでどのように存立していけるのかを考えています。「農」「食」「地域」「環境」に関わる諸問題を、「グローバル」な社会の枠組みのなかで考えていくことのできる主体的な人材の育成にも努めていきたいと思っています。

・学生の皆さんへ
 私がちょうど大学受験を迎えようとしていた1980年代後半から90年頃にかけて、世界の枠組みが大きく変わる「政変」が相次いで起こっていました。それらは、結果的に「東西冷戦」の崩壊につながっていきました。平成生まれ(?)の皆さんには、これらのことさえ「歴史的事実」であろうと思いますが、その後の日本社会は「総資本主義化」が進む世界秩序のなかで、その舵取りの模索が続いています。 
 「10年ひと昔」とよく言ったものですが、今では「5年ひと昔」いや「3年ひと昔」と感じるくらい、社会の変化のスピードが早くなっているように思います。東京都内でも次々と高層ビルやマンションが建ち、新たな「観光名所」さえ生まれています。私たちの身近な商店街の店舗構成も、数年のうちに大きく変わっている、ということもそう珍しいことではありません。一方で、日本の多くの農山漁村では、高齢化が進みムラ社会を支えてきた共同体の機能が維持できなくなる問題が、もはや猶予のない状況にまで深刻化してきています。農産物の供給量は、担い手の高齢化を一つの要因として減少してきており、日本の食料自給率はきわめて低い水準に留まっています。さらに、地球環境問題への対応も、21世紀を生きる私たちにとって重要な課題となってきています。刻々とそして急速に変化を続けている日本、世界の動向のなかで、私たちはどのように自分自身の生き方を見つけていったらよいのでしょうか。
 「東西冷戦」の枠組みを背景に、経済の高度成長を突き進むことができていた頃の日本では、人々のもつ価値観や行動規範も、ある程度共通したものがあり、それに則って歩みを進めていくことが是であると考えられてきたと思われます。しかし、もはやそうした社会の枠組みは大きく変化し(崩れ)てきました。激動の時代だからこそ、それぞれの個人がもつ能力とそれを結集して新たな社会を創造していく力が問われていると思います。
 このような時代だからこそ、こと地理学を学ぶ皆さんに学びとってほしいことは、具体的な現実の社会を的確に捉えられる分析能力と、そこから考えられる社会のあるべき方向性、対応策のあり方を考察する能力です。それらは取りも直さず「生きる力」でもあると思います。大学生として学ぶいろいろな講義や実習を通して、高校までの学習では学びきれなかった社会の分析力、考察力を身につけ、社会のなかで役割を果たすことのできる「人材(財)」へと成長してほしいと願っています。社会の現実を論理的に読み解いていくことができるようになっていく過程で、皆さんはきっとこれまでの自分とは違う自分を感じることができると思います。4年間の学生生活で、是非「人材(財)」としての付加価値を高める努力をしてください。そのために私は、皆さんの成長に役割を果たせるよう、できるかぎりの「応援」をしていくことをお約束します。

・最近の研究業績(過去3ヵ年)
宮地忠幸(2011):中山間地域等直接支払制度の意義と制度的課題.藤田佳久編『山村政策の展開と山村の変容』原書房,pp.35-60.
宮地忠幸(2011):中山間地域における特産品開発の地域的意義に関する一考察−阿武隈高地における桑の特産品開発を事例として−.国士舘大学地理学報告19,pp.1-14.
宮地忠幸(2010):輸入野菜増加を契機とした野菜産地の新たな産地対応の展開.高柳長直・川久保篤志・中川秀一・宮地忠幸編『グローバル化に対抗する農林水産業』農林統計出版,pp.48-65.
宮地忠幸(2010):農山漁村.経済地理学会編『経済地理学の成果と課題 第Z集』日本経済評論社,pp.160-175.
宮地忠幸(2010):山間地農業・農村政策を考える.山中進・上野眞也・鈴木康夫編『山間地政策を学ぶ』成文堂,pp.189-212.
宮地忠幸(2009):多摩丘陵地域.谷内達・菅野峰広・佐野充編『日本の地誌5 首都圏T』朝倉書店,pp.258-270.
宮地忠幸(2009):北部地域(埼玉県における農業生産の位置とその地域性ほか).谷内達・菅野峰広・佐野充編『日本の地誌5 首都圏T』朝倉書店,pp.464-470.
両角政彦・宮地忠幸・水嶋一雄(2009): 米価低迷下におけるブランド産地の展開−新潟県魚沼地域を事例に−.日本大学文理学部自然科学研究所「研究紀要」44,pp.45-61.

・これまでに指導した卒業論文のタイトル(一部)
中山間地域における農業活性化策の意義と課題−山梨県身延町宮木農業振興組合の取り組みを事例として−
千葉県旭市における環境保全型農業の存在意義−旭地区を事例として−
農産物直売所の現状と課題−千葉県の直売所を事例に−
米価下落下における新品種を軸とした米産地の取り組みの意義−JAにいがた南蒲を事例として−
紅イモの特産品開発による地域経済への効果−沖縄県読谷村を事例として−
学校給食にみる地産地消活動の地域性と存立条件−埼玉県を事例に−
中山間地域における耕作放棄地対策の現状と課題−岩手県一関市を事例に−
さつまいも関連製品における農商工連携の地域的意義と課題−埼玉県川越市とその周辺地域を事例として−
農産物直売所の存立条件とその持続性−静岡県中遠地域の農産物直売所を事例に−
ブルーベリー栽培の展開と特産品開発の地域的意義−東京都小平市を事例として−