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VOL27-01

  2025年01月

  クロアチアのプリトブィツェ湖群国立公園 -トウファが作るダム-

長谷川 均

※写真や画像の引用に関する問い合わせは,こちらのリンク先ページをご覧下さい.

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 2024年の夏,クロアチアとスロベニアを旅行しました(地図1,2).両国では,国立公園などへ確実に入場するためには,事前にチケットを買わなければなりません.図1はクロアチアにあるプリトブィツェ湖群国立公園の入場券購入サイトです.この国では,鉄道や路線バスの便が少ないし路線も限られているせいか陸続きの近隣諸国の観光客は自家用車で移動するようです.自動車のナンバープレートをみると,ずいぶんいろんな国からの旅行者がいることが推測されます.EU圏内であれば高速道で国境を越えるときにゲートすらありません.カーナビで到着時間も読めるから,国立公園に入るために車中から適当な時間帯の入場券をスマホで予約すれば良いわけです.
 問題は私のようなEU域外からの旅行者です.時間に余裕があれば,鉄道なり路線バスを使えば良いのでしょうが,一日何本かしかない公共交通を使うのはどうも効率が悪い.いきおいエージェントが用意するツアーを使うことになります.クロアチアの場合は,フリーで入口へ行っても,何人か束ねられて専門のガイドさんに連れられて巡るようです(ただ,ふらふら勝手に歩き回っている人もいました).どこの国立公園でもそういうシステムになっているのかどうかはわかりませんが,行った先々ではそうでした.入場者の管理はきちんとしているようです.それで,予約なしで発券窓口へ行っても,「今日の入場人数分は売り切れよ」と言われたら,苦労してたどり着いても門前払い.ネットで予約して指定の時間に間に合うハラハラしながら行くか,最初からツアーに申し込むか.私は後者でした.湖畔の現地で一番古いというホテルに泊まって,1日目の午後と2日目の午前に分けて,トレイルのかなりの部分を踏査することができました.

 
地図1  プリトブィツェ湖群国立公園の位置(赤い四角) 地図2  プリトブィツェ湖群国立公園の1/25000地形図の一部  
オープンストリートマップから

クロアチア共和国測地部のウェブ地図から http://preglednik.arkod.hr/  

 
   
   
図1 プリトブィツェ湖群国立公園の入場券購入サイト   
   

写真1は,プリトブィツェ湖群国立公園の入り口にある看板です.入口に置いてあるパンフレットや国立公園のホームページにも同じ図が載っています.看板にはLiDAR(ライダー)で取得したデータでつくった地図だと書かれていました.LiDARはレーザーを使ったセンサーの一種です.地表の細かい凹凸を再現できます.この図を見てすぐに気がつくのは北東側(この地図は右が北)の起伏が小さい地域に円形の凹地が無数に分布していることです.多くはドリーネです.この湖沼群はカルスト地形に由来するものらしいというのは,地理の学生ならすぐにピンとくるでしょう.
 この湖沼群はトウファダムで隔てられた多くの湖沼が連なっている場所です.中国の「九寨溝 という景勝地と同様の成因です.ここに引用したページは,今月の地理写真で内田順文先生が書かれた九寨溝の訪問記です.http://bungakubu.kokushikan.ac.jp/chiri/Photo/2023May/2023_May.html
 日本でもトウファでつくられた地形をみることができます(写真2)が規模が違います.トウファとは,炭酸塩岩の溶食と再結晶が作る地形で,洞窟内で結晶するとトラバーチンと呼ばれる固い結晶からなる石灰華段丘や鍾乳石ができますが,地表で析出するとシアノバクテリアの活動で孔隙率の高い柔らかい結晶(写真3)が地形をつくります.これがトウファです.トウファに触ると,表面は指が沈むくらい柔らかいことが多いです.場合によってはズブズブ潜って壊れてしまいます.

 カルスト地形はしばしば教科書に登場しますが,トゥファ,石灰華,トラバーチンなどという用語はなじむが薄いでしょう.私だって地形学関連の科目を教えているときに扱ったことはありません.なじみは薄いですが,トゥファが作る地形は日本にもあります.しかし,その規模は小さく決して数多くありません.特異な地形を作るので興味を持つ人もいて,かつて国士舘大学の卒業論文で宮古島のトウファを研究した人もいました.

 
    

写真1 入口の看板地図(北は右) と 歩いたルート
LiDARのデータから作成されたもので、
ドリーネがたくさんみえる
ずいぶんたくさん歩いたつもりでしたがGPSのルートを見ると東側だけでした.

 
     
     
 写真2 沖縄県知念半島で見られるトウファ
「垣花樋川」(かきのはなひーじゃー)は,沖縄県南部・玉城村の丘陵の斜面にある湧き水の水場(樋川)の名称です.
 写真3 トウファの崖(写真2)から崩れ落ちていた破片
 
   
 プリトヴィツェ湖群国立公園は,クロアチアの首都ザグレブの南方,ボスニア・ヘルツェゴビナ国境近くに位置する自然公園です(地図1,2).湖沼群はディナル・アルプス山脈の中にあるカルスト台地に位置し,地質は主にドロマイトと石灰岩から成る地域にあります.ここには,広大な192km²の森の中に16の湖と92の滝が階段状に連なっています. 湖は階段状に続き,その境には石灰質の堆積物による自然のダムが形成されています(写真4~11).湖には2か所ほど電動の渡し舟が通っています。基本的には湖の周囲を徒歩で巡ります。私が参加したツアーでは、二日に分けて複数のトレイルを歩きました。 ダムは,コケ類,藻類,バクテリアなどの光合成が関与して生まれたトゥファ(石灰華,トラバーチンなどの名称もある)とよばれる石灰質堆積物の自然のダムからできています.プリトブィツェ湖群周辺では,植物片が混ざった堆積物は年1cmの割合で累積し堆積物のダムが高くなって行くといわれているそうです.
 
  話をクロアチアに戻します.プリトブィツェ湖群国立公園がある地域は,古くから多様な民族が住んでおり,また近年ではクロアチア紛争の最初の紛争の地でもありました.そのはなしはまた別の機会にすることにして,プリトブィツェ湖群国立公園でみられるトゥファダムを見てゆくことにしましょう.
 
   
 
写真4 プリトヴィツェ湖群国立公園の大滝 写真5 典型的なトウファのダム  
プリトヴィツェ湖群国立公園にはいくつかのコースに別れたトレイル(遊歩道)があります。大部分の人がこの大滝コースから入場するようです。 大滝(右の細い滝)は、カルスト台地から流れ落ちています。その下部に何段かのトウファのダムが見えます。  これはまだ発達途上のダムです。何がきっかけでせき止めが始まるのかわかりませんが、ダムの下部を観察すると、細い木の枝のようなものが積み重なっているようです。対岸の崖下を遊歩道を歩く人がスケールになります。湖沼群は、カルスト台地の谷間に沿って形成されています。ダムの上と下で水位が違うのがよくわかります.  
     
 
  写真6 小さなダム。このダムは、高さから推測するとここ100年以内に形成が始まったようです。
 写真7  遊歩道に沿って、各所にこのような案内板が立っています。矢印はその場所を示すものです。階段状に、湖沼群が形成されていることがよくわかります。  
   
 
 写真8 、9
 
遊歩道から湖岸を見るとこのよう出来立てのトウファや流木の周りで始まった石灰化の様子が観察できます。   
 
 写真10  大きなトウファダムの断面を正面から見る  写真11 渡し舟は電動船。ゆっくり進みます。  
     
   
【音量注意】 トウファダムから流れ落ちる滝   
   写真2,3:2005年11月、写真4~11,動画:2024年8月 長谷川 均 撮影   



                                              

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