いまのところ世界大の鍾乳洞は,マムース洞窟(Mammoth Cave)というアメリカのケンタッキー州にある長さ 約685.6 kmのものということになっている。どうやって長さを計測したのかは分からないし,未踏部分があるだろうから,実際はもっと長いのだと思う。世界第5位までを並べてみたら,5番目は約350㎞だった。ちなみに日本の鍾乳洞では,山口県の秋芳洞(あきよしどう)が長さ
約10.7 kmでいまのところ最大とされるから規模としてはとても小さく比べようもない。入ってみればそれなりに大きくてすごいと思うけれど。
今月紹介するスロベニアのポストイナ鍾乳洞(Postojna Cave)は、全長こそ約24.3kmであるがヨーロッパでは有数の規模を持つ鍾乳洞である。200万年間の間に徐々に侵食を進めたピウカ川の地下水流によって形成されたと考えられている。鍾乳洞の最大深度は,いまのところ115mとされている。
アドリア海沿岸に沿って北西から南東へ伸びる全長650㎞ほどの山脈をディナル・アルプス山脈とよぶ。ポストイナ鍾乳洞はこの山中にある(図1)。この鍾乳洞はスロベニア国内ではミゴヴェツ洞窟系(Migovec
System)に次いで2番目の長さを持つが,観光鍾乳洞としては世界有数のものであろう。13世紀にはすでに観光客が訪れていたといい,本格的に観光鍾乳洞として観光客を迎えるようになってからすでに200年経つという。
ポストイナ鍾乳洞の最大の特徴は,世界で唯一観光用の鉄道(電動トロッコ)が敷設された鍾乳洞であるということで、約140年前に導入された。現地で購入したガイドブックによれば,当初は手押し車,1914年にガソリン機関車(ウィキペディアでは1924年に蒸気機関車と書いてある)。1957年に電化され,現在は二線軌道になり電動機関車が30分ごとに運航され,一日に1万4千人を運んでいるという。観光ルートは全長5.3kmで、そのうち3.2kmを電動列車で、残り1.8kmを徒歩で巡ることができる
(写真2,3,4,5)。ヘッドセットを借りて行けば,解説を聴きながら見学することができる。電動列車の乗車時間は行きも帰りもそれぞれ10分ほどだが(別ルートを走るようだ),全行程で様々な景観が出現するから飽きることがない(動画参照。復路の全行程を撮ってある)。
これだけの人が訪れているというのに洞内の鍾乳石はとても美しい。また規模も,景観の多様性も優れており見どころ満載という感じである(写真6,7,8,9)。おそらく鍾乳洞など何の興味もなく付き合いで連れて来られた観光客も,その美しさに魅了されるだろう。私の連れがまさにその一人だった。
ポストイナ鍾乳洞が登場する有名な漫画が坂口尚の「石の花」である。第二次世界大戦時,ナチス・ドイツの侵攻を受けたユーゴスラビアを舞台にした「戦争大河」作品で,極限状況にありながら理想を求める若者の生き方を描く。坂口の代表作である。物語の冒頭と最終段階でポストイナ鍾乳洞が重要な舞台として登場する。2023年、本作品に対してフランス・アングレーム国際漫画祭の「遺産賞」が贈られたという名作漫画である。外務大臣のユーゴ情勢に関する知識源が『石の花』であることを知った天皇もまた,本書を取り寄せて購読したという(この段落はウィキペディアからの引用である)。
洞窟内には150種以上の生物が生息しており、特に有名なのが「オルム(Proteus anguinus);ホライモリ」と呼ばれる盲目の両生類である。この生物は「人魚」や「ドラゴンの子」とも称され、最大で100年の寿命を持ち、数年間エサ無しで生き延びることができるといわれる 。肌色をした数センチのイモリのような形をしていて,鍾乳洞の一角にある水槽で展示されている。2005年の愛知万博では,隣国クロアチアから連れて来られたオルムがクロアチア館で展示されその後日本の碧南海浜水族館で飼育されたという。可哀そうに3匹は死んだが1匹は生き残っているそうだ。日本ではなかなか硬水が手に入らないので,愛知万博の際にはフランスのミネラルウォーターのボルヴィックを入れた水槽で飼育していたという。日本ではもうこの水は売っていないから,いまはどうしているんだろう。生まれ故郷に返してあげればいいのに。
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